論文の審査は水物である。大学院時代も含めて、たかだか10年の研究者キャリアでしかないが、現段階では、そう思ってしまう。
以下は、生命科学系の雑誌における論文原稿の審査過程である。
通常、自分の論文を載せてもらいたいジャーナル(雑誌)にマニュスクリプト(論文原稿)を投稿すると、まずはエディター(編集者)の第一次審査が行われる。審査に値すると判断された場合は、レビューワー(審査員)の所にマニュスクリプトが転送され、より専門的な視点から審査(ピアレビュー)が行われる。
エディターは大学や研究所の研究者が兼任している場合もあるし、ジャーナル専任の場合もある。Cell、Nature、Science(俗に云うCNS)やその姉妹紙には専任エディターがいる。兼任エディーターは経験豊富な研究者や有力な研究者が、研究や教育の合間を縫って実質ボランティアで行っている場合が多い。専任エディターは、大学院を出てPh.D.を取得した後、ポスドク後もしくは途中くらいで、ジャーナルに就職している場合が多い。Cell pressのようにずっと同じエディターが編集やマニュスクリプトの管理を担当している場合もあるし、Nature系のようにコロコロとエディターが変わる場合もある。その是非はともかくとして、エディターの好みや判断により、雑誌の方向性や掲載される論文が大きく左右されるのが現状である。
レビューワーはほとんどの雑誌で匿名であり、審査中も審査後も誰だかわからないのが普通である。Frontier系の様に、出版後にレビューワーの名前とコメントがオープンにされたり、eLifieのようにレビューワーのコメントも込みで論文が出版される場合もあるが、ほとんどのジャーナルは最後まで匿名である。このように、匿名ながらも、同じ、もしくは比較的研究分野の近い研究者がマニュスクリプトを審査するシステムになっている。このピアレビューシステム(Peerとは同輩の意味)によって、マニュスクリプトの重要性や新規性、科学的に妥当であるか、などが公平に審査される、という事になっている。レビューワーは通常2~3人である事が多いが、1人の雑誌もあるし、レビューワーのコメントが割れて追加意見を求めるうちに、5人とかになる事もある。
通常、マニュスクリプトをオンライン投稿してから、1週間以内にエディターによる審査が行われる。レビューワーによる審査をする価値なしと判断された場合は、そこで掲載拒否(エディターキック)となる。Natureとかでは、9割近くがエディターキックらしいし、毎日投稿されてくる膨大な数の論文のそれぞれに、エディターが目を通す時間は非常に短いらしい。多くの論文書き講習で、伝わり易い文章の書き方の重要性が唱えられている。
無事、エディターによる一次審査を通過して、レビューワーにマニュスクリプトを転送してもらった場合は、おおよそ3~4週間後に返事が帰ってくる事が多い。夏休みやクリスマス等の期間はもっと待たされる事も多い。レビューワーからのコメントが出そろった所で、エディターがレビューワー達のコメントを総合的に判断して、最終判断を行い筆者(オーサー)に審査結果が返信される。アクセプト(受理)、マイナーリビジョン(少しの改訂)、メジャーリビジョン(大幅な改訂)、リジェクト(掲載拒否)のどれかが通知される。
アクセプトはマニュスクリプトそのままの内容で論文掲載を許可するというものだが、1回目の投稿からいきなりアクセプトになる事はまずない。また、非常に幸運な場合はマイナーリビジョンとなり、文章を直したり、ほんの少しの追加実験を行って、数週間以内に改訂マニュスクリプトをジャーナルに再投稿する。メジャーリビジョンとなった場合は、3ヶ月前後の猶予を与えられ、その間にレビューワーが要求してきた追加実験を行い、その実験結果をもとにマニュスクリプトを大幅に改訂して、再投稿となる。最後に、リジェクトとなった場合は、追加実験を行う権利さえも与えられず、他の雑誌に投稿してくださいと掲載を拒否される。
アクセプトやマイナーリビジョンの幸運なケースは少数で、やはり多くはメジャーリビジョンやリジェクトとなる事の方が多い。何年もかけてやってきたプロジェクトの成果が、辛辣なコメントともにリジェクトとなった場合は、自分の研究者としての能力を否定された気分になり、相当なダメージを受けるが、折れないタフな心をもってアクセプトになるまで戦い続けるしかない。
メジャーリビジョンの場合は、通常2~3ヶ月以内に改訂マニュスクリプトを再投稿するようにと期間指定されている事が多いが、そもそも2~3ヶ月以内に絶対に実験不可能な実験をレビューワーに要求されている事も多いし、いざやってみると実験系がうまく動かず予想外の時間を要する事も多い。その場合は、エディターに期間延長を求める事になる。ジャーナルの規程で認められない事もあるが、多くは延長に同意してくれる。また、最近の傾向としては、完全リジェクトに加えて、リジェクトなんだけれどもレビューワーのコメントと懸念に完全に答えられた場合は、再投稿して良いという、再投稿のinvitation付きのリジェクトも増えていると思う。この場合は、はじめから3ヶ月以上の追加実験期間が想定されていて、場合によっては1年ぐらいの長期戦になる事も珍しくない。
メジャーリビジョンや、リジェクトからの再投稿の場合も、同様にレビューワーとエディターの審査があるので、再度2~4週間(一回目の投稿よりもやや短い事が多い)の審査期間があり、その後に最終決定が通知される。追加実験と文章の改訂により、レビューワーが納得してくれてアクセプトとなる場合もあるし、改訂に納得してくれずリジェクトとなる場合もある。
アクセプトとなった場合でも、一番初めの投稿から数えると、半年くらいが経過している事が多い。投稿までのマニュスクリプト作成のためのデータ整理や英語文章書きの期間や、アクセプト後のゲラの修正の期間を考えると、うまく行った場合でも、やはり論文として世に送り出すためには、一年近くの時間が必要である。散々追加実験を頑張った上での再投稿にも関わらず、やはりリジェクトとなった場合は時間的にも精神的にも相当ダメージは大きく、また半年〜1年前にもどって別のジャーナルにいちから投稿し直しとなる、、、
研究者に一番求められる能力は、実験を遂行する能力であるのは間違いないが、得られた成果を論文として公表するのも本当に大変である。精神的には論文をジャーナルに通す過程のほうがずっと疲れる。大学院に入って数年間は実験に明け暮れる事になるが、学位を取って将来研究者としてやって行くためには、遅かれ早かれ論文を書かなければならない。当然、いきなり上記のようなエディターやレビューワーとのタフな作業をこなせる訳はないので、普段のラボミーティング・修士論文・博士論文・JSPS(学振)の特別研究員の申請書・学会発表などを、どれだけ真剣にやってきたかが重要であったと感じる。大学院時代から、普段の実験をこなすだけではなく、文章を通じて自分の研究成果を正しく伝える能力の訓練も早期から必要であったと感じている。
なかには、所属する研究室のボス(コレスポンディングオーサー)が論文を書くのが得意であり、実験結果をPhotoshopでFIGにすれば、残りは全部書いてくれる場合もあるかもしれない。しかし、実験を行った実施者しか感じる事ができない生の感覚を書けるのは本人しかいないし、何より自分で行った実験からわかった事や研究成果を論文として世に送り出す事までが、職業として研究を行う事なのだと思う。
マニュスクリプトが受理されるかどうかは、レビューワーからの評価にかかっている。専任エディターのいる雑誌はトップジャーナルと呼ばれるカテゴリーに含まれる事が多く、その場合はエディターの権限が大きい事が多い。しかし、NatureやCellの姉妹紙の場合は、基本は3人のレビューワー全員が納得してくれないと、エディターはアクセプトを出さない事が多いと思う。賛成2人&反対1人といった場合で、反対1人の人があまりに理不尽なコメントや要求をしている場合は、エディターは賛成2人の意見を汲み取ってくれる事も多いが、強行に反対しているレビューワーが一人でもいる場合はアクセプトが難しくなる。また、NatureやScienceのエディターは、より権限を持ってマニュスクリプトをハンドリングしているように感じる。しかし、いずれにせよ、エディターには新規性や注目を集めそうなポイントをアピールしつつ、レビューワーにはマニュスクリプトの主張を裏付ける実験のソリッドさをきっちり説明していくというのが基本姿勢である。どちらがおろそかになってもアクセプトをもらうのは難しい。
というのが、論文審査の一般的な流れと考え方であると思う。
しかし、どうも建前通りでも無いことも多いので、次回は自分のマニュスクリプト審査の事例で体験した事を書かせて頂こうと思う。